愛犬のために　膝関節周囲のトラブルにご用心

皆さんのお部屋の床材は何でしょう？フローリングですか？それともカーペット？
今回は、ほとんどの時間を室内で生活する現代の小型犬にみられる膝関節周囲のトラブルについてのおはなしです。

　興奮が極まると、火がついたように部屋の中を全力疾走で往復しだす。そんなワンちゃんの姿を見たことがあるという飼い主さんは、少なくないのではないでしょうか。日ごろの運動不足解消の為なのか、はしゃぎすぎて抑制が効かないのか、理由は定かではありませんが、とにかく、手が付けられないような勢いで走り回っている姿を、面白おかしく、微笑ましく感じていることと思います。でも、そんな微笑ましい状況が、膝関節に大きな負担をかけ、ワンちゃんにとっても家族にとっても辛い、膝蓋骨脱臼や十字靱帯断裂といったケガを引き起こす大きなきっかけになっているかもしれません。　

膝関節は、大腿骨（ふとももの骨）と脛骨（すねの骨）の間にある関節で、曲げ伸ばしの動きをする蝶番関節であり、ヒトのような2足歩行の動物はもちろん、ワンちゃんのような4肢の動物にとっても、歩行の快適さや効率化に欠かせない存在です。正常な歩行は股関節、膝関節、足根関節と肢端の各趾骨関節の滑らかな屈曲と伸展の繰り返しによって行われています。なかでも膝関節は、大腿骨（ふとももの骨）と脛骨（すねの骨）という大きな棒状の骨同士の関節です。膝関節は大腿四頭筋(太ももの前側の筋肉)という大きな筋肉で伸展させますが、その大きな筋肉の脛骨（すねの骨）における終止部（付着部）は、膝のすぐ下のごく狭い範囲（脛骨粗面）にあります。
大腿四頭筋が収縮すると、その終止部である脛骨粗面が引き寄せられ膝が伸びますが、このとき、大腿四頭筋腱にはとても大きな力がかかっています。その大きな力が効率的に持続できるように、大腿四頭筋腱の中に膝蓋骨という、滑車の役割を果たす骨が存在しています。膝蓋骨は、大腿四頭筋が収縮する強い力を脛骨粗面に効率よく伝えるため、膝関節のすぐ上にある、大腿骨の溝に嵌った状態で存在しています。この溝のことを、滑車溝といいます。

滑車溝は、足をしっかり踏ん張って膝の曲げ伸ばしをする行動によって、その構造の強化が促されることが、最近の研究で示唆されています。ヒトの伴侶としての長い歴史の中で、ワンコが部屋の中というヒトの生活の場で生活するようになったのは極ごく最近のことです。ワンちゃんの世界にも、ヒトのように現代っ子とでも呼べるような子が存在し、滑車溝が浅いうえに足を踏ん張った膝の屈伸運動の経験が少ないケースがあるようです。

さて、冒頭のシーンです。突然、火がついたように部屋の中を全力疾走で往復しだす。そんなワンちゃんの姿を想像してください。その部屋の床がフローリングだったなら、要注意です。方向転換したり、滑るように止まろうとしたりすると、滑る床に対して姿勢を保とうとするので、膝関節にはとても大きな通常の屈伸とは違う力が加わります。もしこのとき、大きな悲鳴とともに肢を挙げて、床に付こうとしないのなら、膝蓋骨が脱臼してしまっている可能性があります。おうちのワンちゃんが滑車溝の浅めな現代っ子ならば、通常の屈伸とは違う大きな力は、膝蓋骨を脱臼（滑車溝から外れ）させてしまうのに十分かもしれません。滑車溝が浅くても、滑らない場所で足を踏ん張った膝の屈伸運動を繰り返すことにより、溝を深く構造を強化することは可能ですが、浅い滑車溝のまま、膝蓋骨脱臼がくせになってしまう仔がいます。この場合、本人は慣れてしまって違和感なく生活しているので、飼い主さんは気づいていなかった。ということもあります。でも、膝蓋骨脱臼がくせになっている状態で、膝に負担になる激しい運動をしていると、多くの場合、十字靱帯の損傷や断裂を併発します。十字靱帯断裂は半月板損傷も併発し、強い痛みのために負重（肢を付けて歩くことが）できなくなります。こうなると、外科的処置（手術）が必要です。

遺伝的な素因により、先天的に膝蓋骨が脱臼していたり、脱臼しやすかったりする仔は過去にも知られていました。しかし、滑車溝の深さには、遺伝的な背景とともに成長期における膝関節の正しい運動が大きくかかわっているのも、どうやら事実のようです。幼少期の膝蓋は、ヒトの、大人に比べて身体の柔軟性が高い子どもと同じようなものかもしれません。
皆さんのご自宅のワンちゃんが暮らしているお部屋の床材がもしフローリングならば、タイルカーペットを敷き詰めたり、ペット用の滑りにくいコーティーング剤を塗布するなど、ワンちゃんの生活環境をもういちど見直してみてはいかがでしょうか。